インド
旅の終わり
ムンバイはインド1の大都会だ。僕はインドの都会があまり好きではない、ということを今回の旅で気づいたが、ムンバイの町並みに関しては結構好きだな、と街を歩いていて思った。(もちろん、大都会はあまり好きになれないが)
ムンバイの中心地にある、チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス(CST駅)の前を通ったときも駅自体の外観の素晴らしさに圧倒されてしばし見入ってしまう。
後から、調べてみると僕を夢中にさせた駅は世界遺産だった。
かつては英国風に「ビクトリア・ターミナス」と呼ばれていたこの駅も、街の名前の改変、「ボンベイ」(英語でいい港)から古来の「ムンバイ」に名前を戻したのに合わせて、女王の名前もかつて当地を治めた藩王の名前に変わったということらしい。
世界遺産に登録されてはいるけど、ムンバイの中心的駅、今も市民の足の役目をしっかり果たしている。
イスラム教徒の熱心さに
ハンピを出発して、ゴアで一泊した後、旅の最終地点ムンバイへやってきている。
ゴアからムンバイまでは、寝台列車を利用した。インドの寝台列車、2ndSleepersクラスでは、一つのコンパートメントに6人、両側にそれぞ れ3人ずつが収容されるようになっている。3段ベットが2つ両サイドにあるわけだ。ベットといっても固いしリクライニングなどなく、単にフラットなマット のようなものだけど。
同じコンパートメントではイスラム教徒の集団とご一緒になった。ざっと10人くらいの男御一行で、ゴアでは何かの勉強を一月ほどしていたらしく、こ れから家のあるムンバイへ帰るとこらしかった。イスラム教徒じたいは、インドの中では全然珍しくない。街の中にはムスリム街があるし、駅や食堂などどこで も見掛ける。
イスラム教徒と一緒になって興味深かったことは、「祈り」である。たしか、イスラム教では一日に数回、定時になるとメッカの方向に向かって祈る、のではな かったか。列車の中でも例外ではないらしく、定時になると、絨毯を床に広げ水の入ったペットボトルを前方に置き、熱心に祈っていた。お水が何を意味するの か、何を祈るかはわからないけれど、しばしその熱心な信仰に心打たれてしまった。イスラムに限らずインドではいたるところで、さまざまな宗教の信仰の一場 面を目にすることができる。
ハンピの便利なとこと不便なとこ
今日でハンピ滞在3日目だ。
ハンピは現在では本当に小さな村である。かつてはヴィジャヤナガル王国という大きな王国の中心であり、現在でも村の周辺にはその当時の遺跡が数多く点在している。1986年に世界遺産に登録されたそうだ。
とまあ、前置きはこのくらいで、ハンピは500mくらいのメインロードを中心とした村で、道沿いのバザールとその裏側の民家、ゲストハウスなどで村 がすべて完結していて、人であふれかえるのはこのメインロードだけだ。ちょっと数分も歩けば、村を出てそこはサトウキビ畑が広がる田園風景が見えてくる。 <<写真>>
昨日は、レンタサイクルに乗ってぐるっと村の郊外にある遺跡を回った。ハンピは朝夕は涼しいがやはり昼間はかなり日差しが強く暑い。またいっそうと肌が焼けてしまった!サトウキビ畑やバナナ畑があたり一面に見える中のサイクリングは爽快だ。
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